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結城登美雄:被災地から考える食の未来──古い大規模価値観から脱却を

未曽有の被害を出した東日本大震災は11日、発生から4カ月を迎えた。漁港や魚市場など少しずつインフラの復旧は進んでいるものの、岩手県では9割の漁船が喪失し、漁師は仕事を再開する目処すらたっていない。いっぽう、中央目線で発せられる被災地「復興」プランは本当に被災者への支援策になっているのか疑問が残る。東北地方をすみずみまで知る民俗研究家の結城登美雄氏に、農漁村の再興のために必要なことをうかがった。

※ 写真は3月11日以前に結城登美雄氏によって撮影されたものです。

*   *   *   *   *

結城登美雄(民俗研究家)
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復興のターニングポイントは6月18日、震災から100日目でした。

漁師町が広がる宮城県の唐桑半島では、海難事故が起こると"百か日"の供養をします。事故から100日目に薪を焚いて火を灯し、花と供物をそえて沖からの霊を迎えます。事故で身内を失ない、心にさまざまな思いを抱える人たちが集まり、"死"を心に受け止めるのが東北漁村の供養の仕方です。

ちっとも漁村の視点をもたないNHKをはじめとする報道機関は、現場のレポートを延々とやっていました。津波被害の大きかった浜の風習では、身内の人は「区切り」まで被災者との時間につきあいうため隣人、知人、肉親を気にして調子のいい話を一切しません。今回の震災でいえば、6月18日までは死者のための100日なのです。区切りを境に、これからは生きる人間の時間だと立ち上がるタイミングが復興へのターニングポイントです。

──漁村地域の被害が甚大でした

阪神淡路大震災が都市型災害だとすると、地震と津波による今回の震災は農漁村型でした。もっとも被害が大きかった地域が半農半漁の生活を送っていた海辺の町や村でした。彼らは死と隣り合わせになりながら魚をとり、そこで収穫されたものがわれわれの食卓にのぼっていました。今回の震災はそれらを根こそぎさらっていったのです。

水産庁の発表によると、福島県の全漁船数1068隻のうち、8割にあたる873隻の漁船が被災したといわれます(7月5日現在)。全国第2位の水揚量を誇る宮城県、第5位の岩手県の被害はいまだに調査が終わっていないのだろうか、「壊滅的被害」とあるだけで実態はわかりません。岩手県野田村の友人に話を聞いたところ、3つの小さな漁港にあった220隻の船のうち、残ったのは3隻だけだそうです。宮古市では700隻あった船がほとんど全滅。被害額は100億円を超えると言います。宮城県荒浜港では80隻のすべての漁船が陸に打ち上げられ、7人の漁師が死亡しました。岩手、宮城の両県でおそらく9割以上の被害があったのではないかと思っています。

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──結城さんが被災地と連絡を取り合ったのはいつごろですか

被災から2週間が経とうとしたころ、浜の仲間と電話で連絡が取れました。みんなは被災したときの悲惨な状況だけでなく、「もう二度と、あの海のそばには戻りたくない」という言葉を口々に言いました。家と船を失い、漁業を辞めていく漁師たちが出てくるだろうと思いました。

4月に入って初めて被災地を訪ねて歩きました。岩手県陸前高田市、宮城県の唐桑半島、気仙沼市、女川町、石巻市、現場を見て回ると「二度と戻りたくない」という気持ちが痛いほど伝わってきました。しかし現地で会う人々と話していると「もう一度頑張ってみようかと思っている」とわずかな時間で心境の変化が見られたのです。

自然の厳しさを知っていると同時に、自然の豊かさを知っている、それが漁民なんです。彼らは過去に何度も津波に遭い、犠牲を出してきました。この震災を受けてわれわれが想像すべき事は、漁民がいなくなることが何を表すかです。私たちに代わって危険を冒しながら魚をとってくれる人々がいなくなるということで、私たちの食糧危機と密接に関わっています。

──さまざまな「復興」プランが出ております。村井宮城県知事を中心にまとめられた「宮城県震災復興計画」は、被災者を高台に移住させて大規模農地にする「高台移転」「職住分離」や、漁港を3分の1に集約再編するプランがあります

「ここで生きていこう」と思う人間とつきあうならば、現地に行って被災地をご覧なさい。高台と言われても、「高台なんてどこにあるんだ」という浜はゴロゴロあります。どうも「復興」プランは現実味がないほど、わかりやすくウケがいいようです。

現地で話を聞いてみれば、被災地で時間が無為に流れているとは思わないはずです。彼らは隣人、知人、肉親のことを思いながら一生懸命に生きています。「こんな情けねえ姿になったけど、本当はいいところなんだ」と彼らは言います。「本当はいいところ」という現場の想いとつきあわないといけません。その想いをモノサシにすえて、暮らしの場所を取り戻すような「復興」プランがいまは求められているのだと思います。

町の姿は壊れたように見えるかもしれませんが、人々の心は壊れていません。お願いだから、彼らのことを優柔不断とか、落ち込んでいるとか言いなさんな。

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──出荷できるかわからない生産者のリスクをどう考えますか。公開自主検査をする直売所「みずほの村市場」を取り上げましたが、生産者が安心して食べものを作れるしくみが必要では

食べ手とつくり手が信頼関係で手を結び合う「CSA(Community Supported Agriculture)」がヒントになります。それは生活協同組合などが取り組んできた「共同購入」から一歩進めた考え方です。たとえば、食べる側が海産物を毎月平均5,000円支出しているとすると、年間6万円を漁師に前払いしてみてはいかがでしょうか。6万円が100世帯集まれば600万円になります。いくらなら漁師の生活が成り立つか、食べる側が無理がないかをお互いに相談しながら定期的に海産物を届けてもらえる関係ができれば互いの暮らしが豊かになるでしょう。

自然を相手にするのがどれほどリスクがあるか、今回の震災でわかったと思います。リスクを生産者だけに押しつけて「見た目がいい魚だけ買ってやるわい」なんて。リスクも消費者がシェアする考え方が大切です。もしかするとこのような考え方は、若い世代しかわからないかもしれません。船を出したら魚が捕れる保証なんてありません。種を蒔いたら野菜がとれるとは限りません。食べるということは自然というリスクの上に成り立っているのです。

相変わらず農地の大小や船の大小で判断する古い価値観が政治や行政、さらには市場にあるようですが、今回の大震災はそこからの脱却を私たちに問うているのではないでしょうか。

(取材・構成:《THE JOURNAL》編集部 上垣喜寛)


【関連記事】
■100日目の供養 前へ進むため「区切りが必要」(産経新聞 2011.6.10)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110610/dst11061021280029-n1.htm
■鳴子の米プロジェクト─「消費者」から「当事者」へ(結城登美雄「地元学からの出発」)
http://www.the-journal.jp/contents/yuuki/2010/03/post_1.html

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【プロフィール】結城登美雄(ゆうき・とみお)110712_yuuki7mono.jpg
1945年、中国東北部(旧満州)生まれ。宮城教育大学、東北大学大学院非常勤講師。「地元学」の提唱で2005年芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。著書に「地元学からの出発―この土地を生きた人びとの声に耳を傾ける」(農文協)「東北を歩く―小さな村の希望を旅する」(新宿書房)など

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http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

私は被災された漁師さんのお気持ちを想像だけで書いていましたが、(天災は人智の及ばぬもの
http://dendrodium.blog15.fc2.com/blog-entry-969.html)
この記事を読ませていただいて、その想像がそれ程外れていなかったと思いました。

宮城県が計画している、漁業者全員を高台に移らせるという計画は、漁業者の権利を奪うための言い訳なのではないかと思います。
被災者代表を10人、2人が外部の客観的立場の人で作る復興委員会ならともかく、外部者が10人で被災者の代表はたったの2人というのでは、宮城県知事は余りにも不公正だと思います。
人道に外れた権益誘導行政で、被災者を奈落の底に落とすのが目的では?と疑いたくなってしまいます。

編集部 上垣 様

歴史の教訓は、どんなに素晴らしい建造物を作っても、風化、火山活動、地震などの地殻変動、大津波など大自然の力によって、天災から免れることができず、破壊され続けてきた。

この歴史的事実に真正面から目を向けず、想定外の無責任な言葉で責任を回避しようとしてきた政治家、官僚などに対して怒りを感じないわけにはいかない。

漁師の風習に疎い私にとって、日本人らしい海難事故百か日供養が6月18日営まれ、沖から霊を迎える風習は、何とも言えない人間味を覚えます。

宮城県の村井知事が提唱している構想が、一部の農漁民から大きな反発を受けていることは理解できます。

津波の事故を教訓とするならば、津波と戦うのではなく、津波と共存する姿勢を明確化し、「減災」をテーマにしたことは最低限了解しなければならないのではないか。

したがって、「高台移転」とか「職住分離」は避けて通れない。農地、漁港には一定の時間がかかることになるが、受け入れていかざるを得ないが、不便性の排除は話し合って解決してほしいものです。

特区構想によって、漁港を3分の一に集約化する考え方は、漁業の効率化採算性が重要視され、海産物の種類が制限され、日本の今までの食卓の豊かさ,伝統が絶えてしまう危険性がある。

ご投稿のように、漁民と消費者が年間契約を結び、魚の見てくれとか均一性にとらわれない直接市場が成立すれば、漁民の生活が安定化することは肯定できる。

漁民一人ひとりが、インターネットで、ブログを開設することが困難であれば、一つの漁港の漁業組合が先導的役割を果たさなければならない。漁業組合が市場開拓のため汗をかいていかなければ、特区構想に太刀打ちできない。漁民の前向きな考え方が政治を動かすと考えたい。

結城 様、編集部 様

漸く、海辺の人々の立場に立った論調が出てきてほっとしております。

拙い考えながら、漁民が高台に住んでサラリーマン漁民になることは、「板こ一枚下地獄」とも言われる海の上での仕事は非情に辛いものになるのでは。。。と、他所に投稿したら削除されてしまいました。

古い体質が全て良いとは申しませんが、規制緩和で、漁民の権利を奪うのと同然の計画は、東北の植民地化と云うことでしょう。

村井知事には、適性に疑いを持っています。若い時には、自衛隊で人格及び自衛官としての才能を磨いた筈です。自衛隊はなんといっても軍隊です。軍人です。(軍隊としての訓練は一切していないというなら別ですが)
その後の「松下政経塾」。これはなんでしょう。弁論技術の習得でしょうか。どちらも、人間を幸福にする方法の習得ではなさそうです。
そして東北出身でも無い。

ニュースから:仙台では仮設住宅の申し込み数が着工戸数の半分位だそうです。

私は偶然にも100日目を陸前高田市で迎える。そこで聞いた話で、山1つ超えた小さな集落の避難所で、支援の手が行き届かず、震災後に半数の方が亡くなった話を聞く。リアス式の海岸線において、小さな集落が数多く点在する。小さな船が使えれば、そうした集落においても連絡網ができ、支援ができた可能性もある。けれど、どうしても大きな拠点、石巻や気仙沼、陸前高田などの拠点都市が優先される。幹・枝・枝葉の順になる。メディア報道もそうした拠点都市中心となる。末端をどの様に再生するかが、僻地や過疎の今後の対策指針としてみることもできるだろう。
漁業の再生として、拠点集約はそうした末端を更に脆弱なものにする可能性が大きい。
確かに拠点が再生しないことには、末端に血液は回らない。けれど、末端に活力があることが拠点の再生力を高める。
更に拠点集約の弊害も、今回の震災は教えてくれている。
大きな問題ばかりに目がいきやすく、小さな所にも目が行き届くにはどうすればいいのか色々考えさせられます。

マスコミは直ぐに風評被害を口にするが、これから先にはセシウム汚染に因る実害が出てくるだろう。

また、某番組では汚染牛を出した農家も被害者で悪いのは国と東電だと言っていた。

だが、本当にそうだろうか?もちろん、国や東電は悪い。汚染した藁を食べさせれば、牛も汚染されると言う事は分かっていた筈だ。

「セシウム汚染稲わら食べた牛、42頭出荷=福島県浅川町の農家―県発表」

この農家は被害者であると同時に加害者になっている事をはっきりと報道すべきだ。一人の違反者のお陰で他の農家が大迷惑を受けてしまった。横浜市は学校給食に牛肉を使わないと発表した。これから多くの市が給食から牛肉を排除する様になるだろう。


卵や野菜も生産者は一人ひとりがセシウムを吸収しない様な方法を考えてやって頂きたい。

批判を覚悟で敢えて書けば、
行政は復興計画なるものを作るべきではないのではないでしょうか。
行政の役割は、被災した地域の整頓(瓦礫の撤去)と、被災した人たちが借金をする必要がある場合に何らかの優遇措置をとる、くらいに留めておくべきでは。
被災地の復興は、その地に住んで生活していた人たちの気力が出るまで待ち、その人たちの意思で行うことが、時間はかかるかもしれませんが、一番良い方法だと思います。
行政に管理された形での復興(ですか!)は、復興のスピードと言う意味では速く、経済的な合理性と言う意味では高いのかもしれませんが、一人ひとりの生活、という視点では何となく無味乾燥であるような気がします。
(私は被災者ではないので、あくまで部外者の勝手な想像ですが。)

編集部 上垣様 結城様

我地方紙で結城先生のことを知り、HPとか、連絡方法を探していたのですがみつからず失礼とは存知ながらここにコメントを入れさせていただきました。
 私は、RQというボランティア団体に登録し6月から月に一週間ほど南三陸へ2回行っていました。また、来週も宮城へ行く予定です。
 RQでは先月から「聞き書き」というプロジェクトが始まりました。民俗学専攻の大学教授と、RQの広瀬さんという方が中心となってボランティア活動として行っています。
 でも、南三陸を車で支援物資を運び直接被災者と関わってきた一部のボランティアはこのプロジェクトに大きな疑問を持っています。
 民俗研究家であり、東北にいらっしゃって真摯に被災者とかかわっていらっしゃる先生のご意見をいただきたく思います。
 自分たちがとんでもない思い違いをしていて、「聞き書き」が被災者のためであるのなら、よいのですが。
 上垣様 ここを使用してしまい申し訳ありません。他に方法をみつけられませんでした。どうか結城先生にお取次ぎください。

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