Calendar

2011年6月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

Recent Entries

« 槌屋治紀×高野孟:水素エネルギーは脱原発の切り札となるのか!?
メイン
大学に眠るガイガーカウンター──直売所コミュニティが"見えない不安"を解消する »

原発は、もう終わった!(その4)── 水素エネルギー社会への道程

 前稿で天然ガス火力の優位性について述べたが、追補的に言うと、実は石炭ガス化火力というのも馬鹿にならない。石炭は、石油や天然ガスに比べると遥かに埋蔵量が豊富で調達コストも安いが、環境汚染度が酷いということで「過去の燃料」のようにイメージづけられてきた。しかし実際には、3大エネルギー消費大国である米国が50%、インドが70%強、中国が80%を石炭に頼っていて、石炭は依然として世界の電力源の主流に居座っていると言って過言でない。日本でも1次エネルギーの25%が石炭である。

 石炭をそのまま、あるいは微粉炭にして燃やすのでは、CO2、SOx、NOx、煤塵などの大量発生は避けられず、中国のそのような旧式石炭火力から排出される汚染物質が黄砂に乗って日本にも飛来し、それが土壌汚染による森林破壊の一因となっているとも言われている。が、電源開発や日立などが担う日本の石炭火力技術は世界最先端で、石炭をガス化して燃焼させてガスタービンを回すだけでなく、その排熱をボイラーで回収して蒸気を発生させて蒸気タービンも回す《コンバインドサイクル方式》を採用することにより、発電効率を50%程度まで向上させ、さらにこれと燃料電池による水素発電を組み合わせて三重に発電する超複合発電も開発されつつあるし、またその過程で発生するCO2を回収して廃棄する技術も進んでいる。

 私は、原発輸出などとんでもないことで、日本の誇るべき天然ガス火力の技術と並んで、この石炭ガス化の複合発電、超複合発電の技術を特に中国、インド、米国の3大石炭火力依存国に提供することが、CO2削減への決定的な世界的貢献となるのではないかと思っている。

★日立の石炭火力:http://www.hitachi.co.jp/environment/showcase/solution/energy/coal_thermal_power.html

★電源開発の石炭火力:http://www.jpower.co.jp/company_info/rd/index.html

●水素エネルギーとは何か

 さて、水素である。本連載ではこれまで、"脱原発"の当面の決め手は天然ガス火力の増強であり、それで過渡期を凌ぎつつ太陽光や風力など自然エネルギーの開発と普及を思い切って進展させ、将来的にはそれら自然エネルギーを水素ベースで統合する「水素エネルギー社会」の実現を目指すべきだという趣旨を述べてきた。が、なぜ水素なのかについては説明してこなかったので、ここで私の理解する限りをまとめておきたい。

 水素エネルギー社会を目指すべきであることについては、例えば日本の新エネルギー研究開発の管制塔である「新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)」ホームページ→「よく分かる!技術解説」→「燃料電池・水素」の項は、「地球温暖化を抑制する水素エネルギー社会を目指して」というタイトルで、「水素は次代を担うクリーンエネルギーとして注目されており、水素の安全な製造、輸送、貯蔵、充填など、水素利用のトータルシステムを構築するための技術開発が期待されています」という書き出しで始まっていて、またその文中でも、(1)水素は化石燃料やバイオマス、水などさまざまな原料から製造できること、(2)燃料電池自動車や家庭用、業務用のエネルギーとしての様々な用途に利用可能であること、(3)燃やしてもほとんど有害ガスが出ないクリーンなエネルギーであること、(4)特に燃料電池自動車は水素エネルギー社会の牽引役を担うものとして大いに期待されていること----などが強調されている。

 また経産省の「燃料電池実用化戦略研究会」」は、燃料電池導入の意義として(1)省エネルギー効果、(2)環境負荷低減効果、(3)エネルギー供給の多様化・石油代替効果、(4)分散型電力エネルギーとしての利点、(5)産業競争力強化と新規産業創出」5項目を挙げ、燃料電池を21世紀のエネルギー・環境分野におけるキーテクノロジーと位置付けている

 ところが世の中の報道や論評では、「自然エネルギー」について語る際に、太陽光、太陽熱、風力、バイオマス、地熱、波力......などと列記されるのが普通で、それと並んで水素エネルギーが挙げられることはまずほとんどない。これはどうした訳なのか。

 1つには、NEDO解説でも「水素エネルギーの普及にはまだ多くの技術的課題があり、水素の製造、貯蔵、輸送、利用を含めた全体のシステムを構築することが必要不可欠」と言われているように、それがまだ技術的に未成熟な部分が多々あるためだが、実はそれは本質的なことではない。本当のことを言うと、水素は、太陽光や風力などと同列に並べられるべき「自然エネルギー」ではないのである。

 え?と思われるかもしれないが、自然エネルギーという場合は、この地球上にあるがままに存在しているが故に無尽蔵なものを活用して、有限な地下資源である化石燃料や天然ウランにこれ以上頼ることを止めようという意味で言われるのであるけれども、水素は無尽蔵で再生可能でもあるには違いないが、この地球上にはあるがままの純粋な形ではほとんど存在していないのである。

●太陽に手が届いた?

 水素の原子記号はHで、陽子1個と電子1個から出来ている原子番号1の最もシンプルな原子で、一般にはその水素原子が2個結びついた水素分子H2として気体の形をとる。このH2は、この世にある気体としては最も軽いので、あったとしてもたちまち空中高く上がって行ってそのまま大気圏を突き抜けて宇宙へと放散されてしまう。なので、気体としては地球上にはほとんど存在することが出来ないが、その代わりに酸素と結合して水となって海を作り、雲や雨や川や湖となって地球の生理を支えているし、炭素などと結合して有機化合物を作り、すべての生物の生命活動を促している。地球上では、至る所にあるが、そのものとしてはない。それが水素である。

 宇宙全体で見れば、宇宙の全質量の75%は水素で占められる。恒星が光るのは、水素が核融合を起こしてヘリウムを生みだす際に光と熱エネルギーを発するからで、太陽の場合で言えば、何と1秒間に6億トンの水素を呑み込んで爆発させて5億9600万トンのヘリウムを生みだし、その差の400万トン/秒分をエネルギーとして放射し、そのうち0.0000004%ほどが太陽光として地球に届くので我々の命が成り立っている。

 ということは、水素こそ地球を含む全宇宙のエネルギー原理の根本であるという意味では、究極の自然エネルギーであると言えるのだが、残念ながらその水素を地球上で直接的に利用する方法はない。そこで、太陽光が降り注ぐのをあるがままに部分的にでも利用させて貰うのが太陽光・太陽熱発電であり、また太陽のエネルギーと地球の自転が生みだす風を部分的にでも利用させて貰うのが風力発電で、そのように謙虚に、受動的かつ部分的に、ということは神である太陽に決して逆らうことなく、その恵みを享受させて頂こうというのが、地球人にとっての「自然エネルギー」である。

 原水爆や原子力発電が間違ってしまったのはそこで、本来は神である太陽しか司ることの出来ない核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして、能動的かつ全面的に自分のものにして制御しうると錯覚した傲慢にある。

 日本の原子力元年は1954年で、その前年のアイゼンハワー米大統領の「原子力平和利用」宣言に読売新聞社主=正力松太郎と改進党のチンピラ代議士=中曽根康弘が飛びついて、この年3月、初めての原子力開発予算を強引に通したのが、今日の事態を招いた根元だが、同年正月に始まった読売新聞の原子力キャンペーン連載のタイトルが「ついに太陽をとらえた」というものだった。古来、太陽は神で、日本でも天照大神で、そんな領域に手を掛けてとらえようとしてはいけないでしょう。その結末が今のフクシマの放射能の下血状態である。これを言うと顰蹙を買うかもしれないが、私は石原慎太郎都知事の「天罰」発言が、大地震や大津波にに向けられてものはなくフクシマに向けられたものだとすれば、全く以て賛成なのである。

 という訳で、水素は、宇宙の自然エネルギーの根本ではあるが、地球人にとっての実用的な「自然エネルギー」ではないということを理解する必要がある。

●2次エネルギー

 では何なのかと言うと、「2次エネルギー」である。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ、2007年刊)はこう述べている。

「自然界から入手できるエネルギーを『1次エネルギー』と呼びます。この1次エネルギーを変換して使いやすいエネルギーにしたものを『2次エネルギー』と呼びます。石油、石炭、天然ガス、太陽光、風力、バイオマスなどは1次エネルギーです。2次エネルギーの代表は電力です。水素は自然界にないので、1次エネルギーから水素を作ることになります。そのため水素は、電力と同じような2次エネルギーです。2次エネルギーは、エネルギーの媒体(キャリア)とも呼ばれています。キャリアとは『運ぶ手段』を意味します」

newsspiral110624_1.jpeg
↑ 図1(クリックすると拡大します)

 ここで「エネルギー」のいくつかの概念について頭を整理しておく。図1は、資源エネルギー庁資料からとったもので、色づけは私がした。「エネルギー全般」は、(1)石油と、(2)「石油代替エネルギー」としての石炭、天然ガス、原子力、それに(3)「再生可能エネルギー」とに大きく分かれる。(1)と(2)は(ここにはそうは書いてないが)「再生不能エネルギー」である。特に(1)は、世界的に石油生産のピークが過ぎたと見られていること、第2次石油危機を受けた79年のIEA宣言で石油火力発電の新設禁止が謳われたことからして、すでに半ば過去のエネルギーだと言える。

 「再生可能エネルギー」には(4)「自然エネルギー」と(5)「リサイクルエネルギー」とがあり、(6)「バイオマス」はその両方に跨がっている。例えば木質バイオマスを使って発電・発熱すれば自然エネルギーの一種となるし、廃材や糞尿など廃棄物を利用すればリサイクルエネルギーの一種となる。

 ここまでに「水素」は出て来ず、右端の「エネルギーの新利用形態」の欄に「燃料電池」が出て来る。この図にはないが、この上に「エネルギーの旧利用形態」を付け加えれば、「ガソリン自動車、都市ガス、電力」などが挙げられるのだろう。

 1次と2次のエネルギーという分け方で言えば、石油、石炭、天然ガス、ウラン、水力、地熱、太陽光、風力、自然由来のバイオマス、将来の波力、海洋温度差利用などはいずれも1次エネルギーで、電力と水素は2次エネルギーである。

 また、図の中段の黄色に塗った横長長方形が「新エネルギー」の範囲で、これが97年施行の「新エネ法(新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法)」が対象としている分野である。太陽光、風力などの「自然エネルギー」、廃棄物利用などの「リサイクルエネルギー」、燃料電池などの「新利用形態」も新エネの範疇に入っている。

 さらに、どの時点でエネルギーを燃焼させて発電・発熱するかによって、オンサイトとオフサイトの区別がある。

▼石油(重油)・石炭・天然ガス・原子力・水力などによる大型発電所はまさにオフサイトで、電力会社による集権型の大規模送電網を通じて消費者に供給される。

▼同じ石油由来でも、LPG(プロパンガス)、灯油、ガソリン・軽油などは陸上流通を経て消費者のオンサイトでその場所の空気=酸素を使って燃焼され、電気、熱、動力などとして利用される。

▼都市ガスは、ガス会社による大規模パイプ網が必要なことでは電力と同じだが、燃焼は末端のオンサイトで起きる。そのため、最新の天然ガスによるコジェネなどは企業や地域で発電するだけでなく温水を利用して冷暖房を行うなど、高い効率でエネルギーの地産地消・自給自足を実現できる。

▼従って、プロパン、灯油、ガソリン・軽油などやカセット式ガスボンベなどは、手元にストックがある限り、大規模供給網が災害などで途絶してもしばらくはエネルギー利用を続けられるという意味で、より分散的ということになる。

▼水力でも、最近増えている小規模水力発電は、地産地消・自給自足的である。

▼太陽光、風力、バイオマスなど再生可能エネルギーは、大規模発電所として建設される場合もあるがそれはむしろ例外で、季節や時間帯、気象条件や自然環境などに左右されやすく不安定であること、遠距離を搬送すると効率が悪いなど、本質的に小規模分散型の地産地消・自給自足に向いている。

●分散型のエネルギー体系へ

 こうして見ると、原子力は絶対的にオフサイトでその電力は集権的な送電網を通じてしか供給され得ないのに対し、天然ガスは、供給そのものは集権的だが、オンサイトが可能であるため、企業の自家発電や地域発電&冷暖房システム、さらには企業・家庭の段階での燃料電池による発電発熱システムなどに活用可能で、そこに原発は早々に止めて、その分を天然ガスでカバーしていくことの妥当性がある。それによって自ずと、エネルギー体系の集権型から分散型への質的転換が進み、太陽光や風力はじめ自然エネルギーが大きく増える可能性が出て来る。

 電力にせよ都市ガスにせよ、大規模供給網のメリットは、スイッチさえ捻ればいつでも好きなだけエネルギーが使えるというところにあったのだが、今回のような大震災と原発事故が起きてみると、それが決して安全でも安心でも安価でないことを誰もが思い知らされた。私自身の体験に照らしても、いきなり13時間の停電とその後の計画停電に直面して、一番の安心の元は、少なくとも160万年前から人類が頼ってきた「薪」という原初バイオマスであり、またロウソク、灯油ランプ、プロパンガスなど自宅にストックが有る限りは使い続けることの出来る超分散型のエネルギー機器だった。薪は極端としても、こうなれば可能な限り大規模供給網に頼らないエネルギーの地産地消・自給自足を目指そうという人が急増するのは自然の流れで、そこへの過渡期として天然ガスの役割が見直されることになったのである。

 これを水素という側から見ると、まずは天然ガスを利用した燃料電池車や家庭用の発電・発熱装置「エネファーム」などの普及が進むだろう。天然ガスはもちろん化石燃料で、だからそれを使う燃料電池は「自然エネルギー」ではなく、そのことが「水素」の「新エネルギー」における位置づけそのものを理解しにくくしている1つの理由なのだが、他の水素製造技術が確立していない段階での導入期の方便としてはやむを得ない。それに、社会経済的要因としては、都市ガスとプロパンの供給網を活用した方が水素利用拡大の早道であるし、ガソリンスタンドやプロパン配給業者がいきなり廃業に追い込まれるのでなく水素ステーションや水素ボンベの配給で生き延びられるようにしたほうがいいという事情もある。

 バイオマスという観点からすると、原初バイオマスの薪と炭は別として、土中に蓄積されたバイオマスとして化石燃料を、人類は石炭→石油→天然ガスの順で活用してきたのだが、前出の槌屋によると、要は炭化水素である化石燃料の「水素と炭素の原子の比率を見ると、石炭には水素はほとんどなくて、石油はおよそ2:1、天然ガスは主として4:1、それが水素になると1:0になり......次第に水素の割合が大きくなってきた」。つまりわれわれは、次第に水素の割合の大きい燃料を求めてきて、水素にいたって初めてそれを純粋な形で最も効率よく利用できる段階に達するということである。

newsspiral110624_2.jpg
↑ 図2(クリックすると拡大します)

 図2は「水を原料とした水素をベースとする水素エネルギーサイクル」の簡略な模式である。要するに、太陽光、原子力、火力など1次エネルギーによる電力を用いて水を電気分解して水素を得、それで発電、輸送機器の動力、家庭や産業などのエネルギー消費を満たすと、出て来るのは水なので、それをまた初めに戻して電気分解する----というサイクルである。今のところ、水素を得る現実的な方法は、天然ガスなどを「改質」して中に含まれる水素を取り出すか、この図のように、化石燃料由来を含む電力で水を電気分解するか、どちらかが中心だが、これから天然ガス過渡期を通じて自然エネルギーの増大とエネルギー体系の分散化が一気に進展すると、例えば太陽光発電による電気を使って水を電気分解することが当たり前となり、脱化石燃料化が進む。また燃料電池の電力と比べた著しい特徴は、水素の形で輸送や貯蔵が自由になるところにあり、そのため、太陽光など自然エネルギーの不安定な電力をそのまま電気として使うのでなく、それで水を電気分解して水素を作って貯蔵し、必要な時に必要なだけ電気や温熱として利用する----つまりエネルギー消費の末端のオンサイトで、自由にエネルギーを溜め込んで自分で制御して使用することが可能になる。

 さらに将来のこととして盛んに開発が進んでいる技術として「人工光合成」があるが、これについては次回に述べる。▲

────────────────────────

■有料会員制度スタートのお知らせ

《THE JOURNAL》では10月に有料会員制度をスタートしました。本記事も、有料会員の皆様の支援によって制作されたものです。有料会員制度の詳細については下記URLをご参照下さいm(_ _)m
http://www.the-journal.jp/contents/info/2010/10/post_66.html

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.the-journal.jp/mt/mt-tb.cgi/8122

コメント (27)

■コメント投稿について編集部からのお願い

《THE JOURNAL》では、今後もこのコミュニティーを維持・発展させていくため、コメント投稿にルールを設けています。

一、コメント欄は匿名掲示板ではありません。投稿は本名(もしくはペンネーム)でお願いします。

一、コメント欄は投書欄ではありません。記事と関係のないコメントや長文(400字以上)のコメントは、内容に関係なく削除する場合があります。

一、コメント欄は噂話を書く場所ではありません。ネット上とはいえ、公的な場である以上、事実関係に誤りがあるコメントは公開できません。情報元のソースはできるだけ開示してください。

一、コメント欄はフラストレーションの発散場所ではありません。感情的な非難や誹謗中傷は受け付けません。なお、最低限のマナーが守られている投稿であれば、記事に批判的なコメントでも削除することはありません。


そのほか、詳細は下記リンクにも掲載していますので、投稿前にご確認ください。

http://www.the-journal.jp/contents/info/2009/07/post_31.html

ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

高野 様

震災の復興とか、原発の早期収束と並んで「脱原発」を具体化し、新エネルギーの開発推進が求められている時に、政界は権力闘争から脱皮できない状況が続いています。

このようなときに、新エネルギーの開発促進の問題提起を、具体的な技術を中心に論じられている内容は極めて説得性に富んだものとなっております。特に最後にまとめられておられる次の言葉に全面的に賛成です。

「太陽光発電による電気を使って、水を電気分解し、分解された水素を貯蔵し、必要な時に必要なだけ電気や温熱として利用する。電力会社集中供給型から、消費末端者分散型に供給体制を切り替えていく」

国家的事業として進めるべきであり、この計画を進めるためには強固な政府が必要であるが、国会議員のかなりの数は、現在の電力供給体制の支援者であることを銘記しておかなければならない。

今は、原発に国民的な逆風が吹いており、原発の積極的利用を主張する人はいないが、風を読めない米国資本主義経済一辺倒の海江田大臣が、安全性を明確にすることなく、官僚、企業、一部利権政治家にくみすることに他ならない原発再稼働を地方に要請し始めた。

管総理は、「再生エネルギー」も大切であるが、高野氏の御主張のような「貯蔵のきく新エネルギー」の開発推進に見通しをつけて辞任してほしい。他の人に変われば、必ず原子力平和利用の原発にカムバックすることは、はっきりしており、粘り強く頑張ってほしい。

昨年経産省が公募した次世代エネルギー・社会システム実証地域は、横浜市、豊田市、けいはんな学研都市、北九州市に決定しました。
各都市の事業概要は以下で大体わかります。
http://www.meti.go.jp/committee/materials2/downloadfiles/g100408a03j.pdf

水素利用ということであれば、北九州市。マスタープランを見てみると
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004633/masterplan004.pdf
①東田地区既存LNG/GE CGS(天然ガス利用ガスエンジンコジェネ、供給能力32,000kWで自営の送電線を持つ)を基幹電力とする。
②水素タウン、ソーラー、太陽熱、バイナリー、バイオマス、風力等のエネルギーで10%以上の電力生産を目指すとともに、九州電力の系統を介して基幹電力であるCGSとも連携する。
③水素タウンの概要は新日鐵にて発生した副生水素を利用して家庭、自動車、小型移動体にてフル活用、純水素型燃料電池の導入等も行う。
http://www.meti.go.jp/press/20110113002/20110113002-2.pdf
④ソーラーは東田地区にも導入され、CGS自営線とも連携する。
⑤直流超伝導線の導入も検討されている。
⑥CEMSとBEMS、HEMSや各種省エネ技術と連携する。
⑦直流対応エコ長屋など省エネ、地域コミュニティ作り。
などなど。

ソーラー導入では横浜市の27,000kWより5,600kWと小さいですが、水素の直接的利用という観点から見れば、北九州市の試みは面白い。
CGSともども新日鐵という存在があったればこそですが。
ただし、CGSはランニングコストの面で昨年当たり苦戦も伝えられていましたから、実際にペイしているかどうか?
今年から本格的に実証が始まりましたが、2014年までの間、各都市とも都度検証実績を公表してほしいですね。

ちなみに、他の都市のマスタープランは以下のとおり。
●横浜市
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004633/masterplan001.pdf
●豊田市
http://www.city.toyota.aichi.jp/pressrelease/__icsFiles/afieldfile/2010/08/11/masterplan002.pdf
●けいはんな学研都市
http://www.meti.go.jp/committee/summary/0004633/masterplan003.pdf

なお、これらは原発ありきで策定された検証事業。現状刺身の妻的扱いですね。
同じく経産省マターとはいえ、FIT法案が成立すれば多種多様なエネルギー源が普及していくことは確か。
政治の意思が必要とはなりますが、政省令マターで細かいことはどうにでもなりますし、こういったモデル事業もどんどん立ち上がるかもしれない。
地産地消地域間の電力融通検証も必要となっていくでしょう。
電源三法交付意金を段階的にでも廃止していって、立地地域救済策に当てるとともに莫大な電源促進勘定からどんどん新技術開発へ振り向けてほしい。
次回の「人口光合成」も期待しています。

ようやく、燃料電池に辿り着きましたね。
 次世代エネルギーは、天然ガスプラス燃料電池で決まりでしょう。
 燃料電池=水素、と言う発想が一般的ですが、必ずしもそうではありません。固体酸化物、溶炭酸塩形などの燃料電池では、一酸化炭素を燃料として使用可能です。勿論水素も燃料になります。そして何より、天然ガスの改質が容易で、電解質に貴金属を使わないなどの様々な利点があり、既に、エネファームとして実用機が販売されています。又、もう少し大きな規模で溶融炭酸塩形も実機が販売されており、数千キロワット程度まで実化されています。純水素燃料が理想であり、最終目標はそこにあるでしょうが、それまでのつなぎとしての意味は十分にあります。その理由は、高効率で、廃熱利用による総合効率が高い点です。CO2補排出をためらう理由は全くありません。
原発より遙かに安全で、安定しています。効率改善で、温暖化効果も減殺されます。
 そこで、家庭用燃料電池を1000万台普及させましょう。1台200万として、20兆円です。熱効率を、廃熱回収と組み合わせ75%位を目標にしましょう。現行、40%の発電効率で、膨大な送電網の建設費込みの売電単価を考えるなら、明らかに、電力単価は安くなりますね。家庭用を200万と設定しましたが、量産効果で実際にはもっと安くなることでしょう。
 以下同様に、企業用自家発、集合住宅用などそれぞれの規模に応じた発電機を全国に設置します。
 それぞれの消費者が、それぞれの消費電力に見合った発電設備を設置することを前提にして、その全ての発電機を系統に連携しておきます。そして、それぞれの需要家の、瞬間的な過不足に対して、系統から供給したり、系統に流し込んだりして、個々の発電機の発電量を安定化させます。当然、系統に電力を流し込む場合には、売電となり、系統から需要家に流れ込む場合には買電となります。単価は買えても良いし、、等価でもOKです。ただ、買電だけの需要家は、当然、自家発の設備費や、系統の維持費を負担するものとします。それでも、その金額は、理論的には、現行料金単価とはそう大きな変わりはないはずです。
 系統の運用は、現行より遙かに簡単になります。
 全ての発電機において、周波数一定制御と定電圧制御をかけますをかけます。もう一つは、それぞれの発電機の出力の上限の設定です。
 制御はそれだけです。系統の周波数が上がれば、全ての発電機は周波数を下げます。下がればあげます。発電機の負荷が軽くなれば、発電機の設定周波数を上げます。発電機の定格出力の限度を設定しておいて、それ以上は発電しないようにします。
 このとき、系統側に事故が起きたら、系統連携スイッチを切り離して単独運転にしてしまいます。それは単に、発電機の過負荷遮断で対応できます。系統の電圧が復旧して、周波数が安定したら、もう一度自動で系統に連携します。
 若干の細かな補足はありますが、これで、安定して、全国の電力供給は維持できます。
 極めて、簡単で高効率で、安全で、安上がりのシステムです。

 燃料電池社会がもうすぐそこにあります。
 原発も、大規模発電所も、大規模電力会社も要りません。
全国くまなく、燃料電池を設置して回ることで、燃料電池の製造にまつわる工業生産は飛躍的に増大し経済は活性化し、景気の循環は回復します。莫大な投資が起きて、輸出産業も潤うことでしょう。世界に先駆けて、技術開発して先鞭を付けることです。
 水素社会まで待つことはありません。
 今既に、そこのある技術で、全て実現可能なのです。

①車載燃料電池が内燃機関に置き換わる可能性があるだろうか?。

②上記の車載燃料電池が不可能の場合
次善策としてはバイオマスオイルを挙げれるだろう。
澱粉・糖を出発反応出発物質にするのであれば、バイオマスオイルは可能だろう。
しかし、セルロースの分解工程をどうするか。
熱分解の可能性はあるが、その熱源は何か?。
セルロースの分解が容易なら、とっくに醸造分野で実用化されている筈。

③化石燃料に拠らないで水素を入手する経済的方法の可能性があるか。
電気分解では元も子もない。
他の方法で実験プラントに到っているのは高温ガス化炉を熱源にした方法しか聞かない。
砂漠での集光設備であれば1000度は可能だが、肝心の有機物がない。
集光設備での水の熱分解は集光熱発電に及ばないだろう。

⑤高温ガス化炉を否定し、セルロースや有機物廃材の糖・澱粉までの分解ができなければ、水素はエネルギーの貯蔵手段に留まる。

①クリーンコールについて
NEDO⇒J-Power⇒三菱重工はクリーンコールを国内を主とは捉えていない。
http://www.nedo.go.jp/activities/EV_00179.html
http://www.25today.com/news/2008/05/post_2206.php

②高野論説『太陽光発電による電気を使って水を電気分解することが当たり前となり』について
変換工程を挙げると『太陽光⇒電力⇒電気分解水素⇒燃料電池⇒電力か有機合成材料』となり、余りにも冗長なシステムになる。
電力貯蔵としてはNAS電池等には敵わない。
有機合成材料としても合理的とは思えない。
しかし、下記の様な面白いアイデアもある。
http://www.elec.tohoku-gakuin.ac.jp/kimura/reserch/mh/solar_mh.pdf

③水の低温度分解は効率が高いと考えられているが、テストプラントにも到っていない。http://www.jst.go.jp/kisoken/seika/zensen/02doumen/index.html
http://www.ci.kagu.tus.ac.jp/lab/hyb-chem2/research_02.html
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2001/pr20011206_1/pr20011206_1.html
しかし、これが実用化できれば水素循環社会は十分に可能と思う。

④NEDOが『その4』になって初めて登場するも面白い。

水素エネルギーという矮小化
燃料電池=水素という短絡は、もしかしたら、電力村の、陰謀かもしれない。
 実は、燃料電池は、燃料として、燃えるものなら何でも使える。灯油でも、プロパンガスでも、天然ガスでも、石炭ガスでも、つまり、あらゆる化石燃料が使えて、然も、極めて、低公害で、高効率で、規模の大小にも柔軟に対応できて、間違いなく、次世代電源の第一の候補たり得る資格を持っている。
 それを、純水素に矮小化して、恰も、未熟な技術だと喧伝してしまうのは、他でもない、だから原発がなければ駄目なのだという、原子力村野思うつぼに嵌ってしまう。
 燃料電池には、電解質の中を水素が移動するか、酸素が移動するかによって、その効用が全く違うものになる。純水素燃焼形のものは前者であり、固体酸化物形や、溶融炭酸塩形は、後者である。つまり、電解質の中を酸素が移動して、燃料極で酸素と燃料が反応して発電する仕組みであれば、それはまさに、純酸素燃焼であり、この構造によって、NOXも、SOXも発生しない、無公害の発電が可能になり、然も、可燃ガスであれば、主として、水素と一酸化炭素であるが、極めて簡単な改質装置に依って発電することができる。このことが、この主燃料電池の燃料の多様性を可能にしているのである。
 以前にも書いたが、この原理による固体酸化物形の燃料電池は既に市販されているし、若干の問題点はあるものの、溶融炭酸塩形も、大規模定置用電源としての基本形は完成している。これに、天然ガス、石炭ガス、バイオガスなどを組み合わせて、系統連携すれば、太陽光などよりも遙かに容易医に、大規模安定電源を構築できる。
 それを阻止して、遅らせようとしているのは、他でもない、電力利権を奪われることを恐れる、電力マフィアの一群である。
 勿論、水素社会という理想型に向かって進むことに意義はあるが、その過渡的段階では、より早く、実用可能な燃料電池を活用して行くことこそ急務であろう。

 家の西側に、横9メートル縦5メートルの苦瓜のカーテンを作った。
一階南側は全面の葡萄棚だが、二階に1.8メートルx9メートルのテント日除けを今日から作る。
自作の小さな太陽熱温水器で風呂をはり、日に何度も浴びる。
39度を超える日もクーラーは使わない。
(8部屋にクーラーが3台なのでつけられないのだが。)
先月の電気使用量は、家族4人で178Kwh・4200円だ。
田舎暮らしなら、節電は如何様にもできる。
パソコンの電力さえ問題視している。
----------------
CO2の排出量では意味が無いに近いが、ピーク電力抑制に細やかな貢献をしている。
本音は電気代が惜しいだけですが。

21世紀の分散型発電装置である燃料電池を軸にしたエネルギー社会、まさに未来あるワールドである。

このエネルギー産業構造転換を阻害しているのが既得権益派の電力利権複合体である。

日本の産業構造転換は、新たな有望な産業を並列対象に、長短を相補う経済合理性ある安全な分散型発電システム作りを政府は支えなければならぬ。

製品の量産が可能になり、生産量が倍になるごとに価格は約20%程度下がっていくことは周知の通りである。
しかし、現実は、行政府は阻害している。卑近な例は風力発電の許認可を、原発推進する側の原子力安全・保安院がなぜ行うのか、誰が見ても不自然であろう。嫌がらせをしているとしかいいようがない。これでは下がる価格も下がらない。

菅政権は2009年の民主党公約の自然エネルギー全量買取政策からも、どんどん後退している。原発推進官僚の恣意的裏権力を野放図に放置している。これでは政治家の役割は一体何だのだとなる。官僚に政策を丸投げしてきた国民の意向を蔑ろにしてきた自民党政権の暗黒時代と同じではないか。


菅首相が延命策として打ち出した再生可能エネルギー促進法案にしても、中味はマスメディアから何も聞こえて来ないが、神保氏主宰のビデオニュースドットコムでザル法案になっていることが指摘されたが、電力守旧派官僚により、本法案は
1) 全量か余剰か
2) 買取額
3) 買取期間
4) 買取と接続の条件
に関して、どうにでもなるように記載されている。官僚の裁量の余地が残され、実はかなり酷いものになっているのが実態。
http://www.videonews.com/

本当に菅首相はどこまで国民を愚弄するのだろうか。今後のあるべき日本のエネルギー政策に対する確固たる信念が微塵も感じられない。自民党化した民主党政権は、もはや、国民の信頼を完全に失った。次期選挙では二度と政権は取れないだろう。初代鳩山首相もそうだったが、まるで、なすべき政策の戦略なるものが垣間見れなかった。今まで、永田町、霞が関バトルを見てきた筈だが、一体何を学んできたのだろうか。政治家としてあまりにも度素人で、甘過ぎる。鳩山氏の政治生命も尽きている。期待出来る政治家として小沢氏の名前がしばしば上がるが過度な期待は禁物。なぜなら一人では何もできないのだ。鳩山政権を顧みるとよくわかる。人を見る目がなく飼い犬閣僚に嚼まれた。

自民党が民主党と異なる点は政策を官僚に丸投げし、結果的に、思い上がりも甚だしい官僚主導政治(自分たちの権益を増やすことしか眼中にない)をやらせていたため、官僚もサボタージュをせず、政治があたかも機能していたかのように国民が完全に騙され、その間に、政策の中味などどうでもよく、せっせと、無駄な天下り組織を作った。守旧派官僚達は利権複合体による既得権益さえ、増やせればよいのである。負の遺産政党である自民党は守旧派官僚をのさばり返らせた最悪の政党であり、とても国民を代表する政党ではないことは自明である。次期選挙で自民党を生き返らせることなどは絶対にあってはならない。
官僚=悪ではない。官僚の中にも改革派もいることを念頭に、政治家は改革派官僚を一本釣りで選び出し、彼らの能力を引き出させ、政治家との役割分担のもとで国政を正常な軌道に戻して貰いたい。

高野氏の問題は、脱原発のためには科学的理論などどうでも良いと考えておられるかのような矛盾を主張の根拠にしていることだ。前回も原子炉の中では核爆発が行われているなどの仰天ものの勘違い(だろうと思う。まさか、原発=核兵器とのイメージ操作ではあるまい)をされたりしているが、今回もそのような点がより多く観られる。要するに、科学的根拠を確認していないのだ。

> 私は、原発輸出などとんでもないことで、日本の誇るべき天然ガス火力の技術と並んで、この石炭ガス化の複合発電、超複合発電の技術を特に中国、インド、米国の3大石炭火力依存国に提供することが、CO2削減への決定的な世界的貢献となるのではないかと思っている。

 これは氏の思いであろうから原発輸出はとんでもないと仰るのだろうが、日本が輸出しなければ、韓国や中国が危ない原発をより多く輸出することになる。つまり、日本がどうであろうと世界の原発は減らないのだ。

 世界では脱原発が主流だと主張する人たちが居るが、実際は脱原発を表明したのはドイツ、イタリア、スイスくらいなものでしかもこれらの国々は安いフランスの原発による電気を買える。つまりこれらの国々は脱原発なのではなく、自分たちの国では嫌だといっているだけのことだ。

 日本が国策としてどうであれ、スリーマイルやチェルノブイリ事故以来原発製造を止めていたロシアやアメリカではまともな原子炉製造技術が無くなっている。だから、現在では世界の原発メーカーは3大グループに集約されており、全てに日本のメーカーが絡んでいる。つまり、日本の原子炉製造技術は世界トップクラスなのであり、相手が求めるので有れば、優秀な日本製原子炉を売るのには全く問題はない。日本が売らなければ、怪しげな原子炉がその代わりになるだけのことだからだ。

 むろん、石炭ガス云々設備の輸出は別途にやればよいし、太陽光発電でも地熱発電でも日本の技術が求められているのであれば大いに売ればよい。原発の代わりこれらを売ると言うことではない。あくまで相手の選択だ。

 >さて、水素である。本連載ではこれまで、"脱原発"の当面の決め手は天然ガス火力の増強であり、それで過渡期を凌ぎつつ太陽光や風力など自然エネルギーの開発と普及を思い切って進展させ、将来的にはそれら自然エネルギーを水素ベースで統合する「水素エネルギー社会」の実現を目指すべきだという趣旨を述べてきた。が、なぜ水素なのかについては説明してこなかったので、ここで私の理解する限りをまとめておきたい。
 
 と、ここから高野氏の水素礼賛が始まるのだが、基本的な間違いは、水素は自然再生エネルギーではないということだ。あくまでエネルギーの一形態であり、電気と同じこと。つまり、水素は石炭や原子力と対比させるのではなく、それによって発生した電気と対比すべきものなのだ。
 
 水素を発生させるエネルギー源に何を使うかが問題であって、(1)水素は化石燃料やバイオマス、水などさまざまな原料から製造できるというなら、電気もおなじことだ。
 
(2)燃料電池自動車や家庭用、業務用のエネルギーとしての様々な用途に利用可能であるなら、電気の方が手っ取り早い。
 
(3)燃やしてもほとんど有害ガスが出ないクリーンなエネルギーであるのは、電気の方が優れている。

(4)特に燃料電池自動車は水素エネルギー社会の牽引役を担うものとして大いに期待されているのは電池自動車の一形態としてだ、結局は電池自動車が期待されていると言うこと。

なぜ、高野氏の根拠が基礎の基礎で間違っているかと言えば、

 >ところが世の中の報道や論評では、「自然エネルギー」について語る際に、太陽光、太陽熱、風力、バイオマス、地熱、波力......などと列記されるのが普通で、それと並んで水素エネルギーが挙げられることはまずほとんどない。これはどうした訳なのか。
 
 そもそも水素と他のエネルギー源は無関係だという認識を持っていないからだろう。ちょうど、電気が自然エネルギーとして語られることがないようにだ。ところが、高野氏は次のようにも言っている。
 
 >本当のことを言うと、水素は、太陽光や風力などと同列に並べられるべき「自然エネルギー」ではないのである。
 
 なるほど、分かっているのかと思ったのが早とちりだった。分かっていなかったのだ。
 
>水素は無尽蔵で再生可能でもあるには違いないが、この地球上にはあるがままの純粋な形ではほとんど存在していないのである。

 つまり水素は自然に存在する化合物の形ではエネルギーではなく、水素をエネルギーとして使うためには、化合物から水素を取り出さなければならなく、その水素を取り出すためにエネルギーが消費される。そして、通常、水素を取り出すためのエネルギーは、水素から得られるエネルギーを上回るのだ。

 水の電気分解を考えれば分かる。100グラムの水素を水の電気分解で得るためにはそれなりの電力を使う。そしてその水素をたとえば燃料電池に入れて発生させられる電力は、電気分解で消費した電力よりかなり少ない。効率が100%でも上回ることは絶対にない。

 したがって、水素を分離するエネルギーをどこから得るかが、自然再生エネルギーだったり、火力だったり原子力だったりするのであって、水素自体がいくら自然に豊富にあろうと、脱原発とは全く無関係なのだ。


 >ということは、水素こそ地球を含む全宇宙のエネルギー原理の根本であるという意味では、究極の自然エネルギーであると言えるのだが、
 
 全く言えない。これが言えるなら、全ての物質がそういえる。
 
 >残念ながらその水素を地球上で直接的に利用する方法はない。
 
 >原水爆や原子力発電が間違ってしまったのはそこで、本来は神である太陽しか司ることの出来ない核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして、能動的かつ全面的に自分のものにして制御しうると錯覚した傲慢にある。
 
 これを言っちゃおしまいで、それなら人間が火を使い出したのも驕慢であり、鉄を利用するのも、驕慢であり、電気を駆使するのも驕慢だろう。大体、太陽の中の反応は核融合であり、人間が原子炉の中で起こしているのは核分裂であって、全くちがう現象だが、これを高野氏は「核融合の奇跡を、核分裂という形で擬似的に人工的に密閉容器内で作りだして」ととんでもない認識を示している。いや、核反応としてひとくくりにしたのだ、といなら、燃焼自体も物質のもつエネルギーを取り出しているのであって、同じことではないか。
 
 おそらく、高野氏はこれ以上発言をしない方がよいのではないか。

 >では何なのかと言うと、「2次エネルギー」である。槌屋治紀『燃料電池と水素エネルギー』(ソフトバンク・クリエイティブ、2007年刊)はこう述べている。

「自然界から入手できるエネルギーを『1次エネルギー』と呼びます。この1次エネルギーを変換して・・・・・・・・キャリアとは『運ぶ手段』を意味します」

 と書いていながら、高野氏の暴走は続く。つまり、全く理解していないのだ。
 
 これに続くいろいろな説明は、理解しないまま書いているだけだろう。二次エネルギーである水素を利用することと、一次エネルギーの選択は別問題なのであって、仮に脱原発、自然再生エネルギーの時代が来ても、それで水素時代が来るわけではない。電気が使われるだけのことだ。
 
 さて、水素が二次エネルギーとしても利用できないのは、取り扱いが非常に困難であり、市民生活の身近に置くことが出来ないからだ。試験的に水素を高圧で貯めるタンクは作られているが、もし、これが事故で爆発したときの威力はすさまじいものがある。なぜなら、エネルギー密度が非常に高いからだ。
 
 また、水素は実用レベルで液化出来ない。液燃ロケットのために専用の施設で強烈に冷却し、加圧すれば液化するが、(-250℃以下で液化させると体積は1/800となり、しかも軽いため低温貯蔵性には優れるが、絶対零度が-273.16℃であることを見れば、いかにこの低温を発生させ維持させることが実用レベルから離れていることは理解できるだろう)そのままでパイプ輸送をしたり人間の生活圏で貯蔵など出来ないし、またその状態を維持するために膨大なエネルギーが要る。
 
 また、水素は分子量が小さいためほとんどの金属の分子間に潜り込み、強度を低下させる水素ぜい化現象が常に問題になり、冷却した場合は金属自体の強度が極端に落ちる。
 
 つまり、安定した状態で安価に安全に水素を輸送し貯蔵する技術が無いのだ。将来は可能かもしれないし、今でも試験的には出来ているが、実用化にはほど遠い。
 
 つまり、水素を使うメリットは電気よりは貯蔵しやすいという点くらいだが、その貯蔵方法も技術的に確立していない。
 
 しかし、水素を二次エネルギーとして使うこと自体、これらの問題が解決されたなら良いだろうが、それなら、今全く問題のない電気を使う方がより確実でありより便利であり、より安全だろう。どうせ、水素も電気に変換して使うのだ。その分よけいな手間がかかりロスが増えるだけのことだ。
 
 貯蔵性は、水素もまだ確立していなく輸送なら電気の方がよほど有利だし、そもそも原発だろうが自然再生エネルギーだろうが、直接発生させればよいのだから、わざわざ水素にする理由など無い。
 
 となると、やはり問題は自然再生エネルギーか、火力か、原発かの話になり、水素は全く関係がない。化石燃料から水素を作る話なら、根本的に化石燃料の持っている不安定性、国際情勢へのマイナス要因、安全保障がらみで同じことだ。
 
 結論として高野氏の今回の論文は全く基本的な知識を欠いたために意味のないものになっている。つまりは何が何でも脱原発を主張したいがために、ひねり出した理論だからだろう。

投稿者:: たかおじさん | 2011年6月29日 23:42 様

 殆どの御論旨に同感です。
しかし、水素の輸送/貯蔵の基礎研究は着実に進歩しています。

①炭素繊維コーティングのボンベは一気には破裂せず、大きな破片はでません。
②有機物ハイドライドは常温で液体で、タンクローリーやパイプライン輸送も可能です。
③芝工大の大宮キャンパスでは水ハイドライド輸送のプラント実験もしていました。
水ハイドライドの金属腐食性の強さは乗り越えられつつあります。
----------------
水素の輸送と貯蔵方法の実用化に比べ、化石燃料を出発物質にせず、核エネルギーを使わない水素の発生方法は基礎研究の段階であるのは御説のとおりです。(家畜糞のバイオマスガスを除く)

 『水の低温度分解』=『人工光合成』はいっこうに進展が無い様に感じらます。
下記URLとその参照文献参
http://unit.aist.go.jp/energy/slecg/aps/index.htm
しかし、この分野でブレイク・スルー(白色LEDや高温超伝導の様な)が無い限り、水素循環社会はないでしょう。
⇒恐らくそのブレークスルーはある!!!!

 
 
たかおじさん(2011年6月29日 23:42)氏
> 勘違い(だろうと思う。まさか、原発=核兵器とのイメージ操作ではあるまい)をされたりしているが、今回もそのような点がより多く観られる。

> 日本が輸出しなければ、韓国や中国が危ない原発をより多く輸出することになる。

> つまり、日本の原子炉製造技術は世界トップクラスなのであり、相手が求めるので有れば、優秀な日本製原子炉を売るのには全く問題はない。

> ここから高野氏の水素礼賛が始まるのだが、基本的な間違いは、水素は自然再生エネルギーではないということだ。

> 貯蔵性は、水素もまだ確立していなく輸送なら電気の方がよほど有利だし、そもそも原発だろうが自然再生エネルギーだろうが、直接発生させればよいのだから、わざわざ水素にする理由など無い。


 この度の 水素に対する投稿ですが、
仰る通りと存じます。。
水素は人工的に作らなければなりません。
作るにはエネルギーが必要です。
投入されたエネルギー量を上回る “水素”エネルギーは得られません。
更に、日常的に水素を保存して利用するのは、システムとして近未来的にも無理でしょう。
安全性面からです。
エネルギー効率的には、自然エネルギーの不安定さを解消するものとして、
経済効率に関係ない次元で 利用可能なのでしょうかネ???
 
 


>とーくめい | 2011年6月30日 10:14 様

>しかし、水素の輸送/貯蔵の基礎研究は着実に進歩しています。

そうですね。進歩しています。ですが、実用化は目処が立っていません。

>①炭素繊維コーティングのボンベは一気には破裂せず、大きな破片はでません。

これは一部の水素エンジン自動車などで試用されているようですが、大事故で一気にクラッシュした場合は危険性は同じです。また大量の水素に引火した場合、引火速度は最大級であり、強烈な爆縮が起きます。ボンベ自体の破片は飛ばないでしょうが、危険性は変わりません。

>②有機物ハイドライドは常温で液体で、タンクローリーやパイプライン輸送も可能です。

そうなると、貯蔵や輸送の出来る水素の高いエネルギー密度というメリットが失われます。また、危険度はガソリンとあまり変わらないようです。


>③芝工大の大宮キャンパスでは水ハイドライド輸送のプラント実験もしていました。
>水ハイドライドの金属腐食性の強さは乗り越えられつつあります。

確かにそうでしょうが、コスト面に問題がありそうですし、それくらいなら炭酸ガスと反応させてメタノールにした方がましじゃないでしょうか。そうなると、水素エネルギーとは言わないと思いますが。


>⇒恐らくそのブレークスルーはある!!!!

はい、期待しましょう。

でも水素エネルギーにするメリットが有るとは思えませんね。燃料電池も、実用化できるほどの高機能のものは、様々な形式があるけれどそれぞれ大げさで高価で、今の電池自動車よりもさらに難しそうですし。

メタノールエンジン位なら、やり方によっては意味があるかもしれませんが。

M9.0以上の巨大地震が1900年以降、環太平洋域ですでに5回も起きている。原発立地に直撃すれば、日本列島はどうなるか想像に難くなく、地獄絵図そのものだ。

日本でさえ安全性をもてあます原発を地震国への輸出などもっての他である。このことは福島第一原発人災で立証済みである。

そもそも、原発に安全性を担保した建設など、コスト的に企業が云々するレベルではなくなる。企業資産レベルで安全な原発建設など出来なければ、損害賠償も出来ないのだ。それゆえ、政府、東電は国民を「原発は安全で、最も安い」と騙さざるを得なかった。しかし人を騙せても自然までは騙すことは出来なかった。それが福島第一原発人災だ。


胆に銘じよ。原発利権複合体に属する原子力村人よ、驕るな、人は騙せても、自然は絶対に騙せないのだ!!!


有史以来の地震、津波の最大に照準を合わせた設計をすれば建設コストは天文学的となろう。

それでも、絶対安全かと問えばノーである。なぜなら、有史以来、経験した地震、津波襲来より更に大きなものが発生するかもしれないからである。今以て、どこで、いつ起こるか、自然現象は人知を越えている。

偉そうなことをいっても、人間の創ったシステムは所詮人間の知能レベルにしか過ぎない。自然現象はもっとはるかに複雑なのだ。現代文明をいとも簡単に壊滅させるのも所詮人間であると同時に人知を越えた自然現象である。

歪なバランスの上に聳える現代文明の壊滅回避を考えるまともな人間なら、自然現象に如何に謙虚に対峙することだけしか残されていない。


>太郎 | 2011年6月30日 15:00氏

 >この度の 水素に対する投稿ですが、
>仰る通りと存じます。。

>エネルギー効率的には、自然エネルギーの不安定さを解消するものとして、
経済効率に関係ない次元で 利用可能なのでしょうかネ???
 
無理でしょうね。要するに水素をエネルギー媒体として使うかどうかは、エネルギー源の種類とは関係がないので、自然再生エネルギーを使うこととも、原発を廃することとも全く無関係です。

水素は確かに燃やしても水しか出ないから環境に優しいので、自然再生エネルギーであるかのように勘違いしたのが、この元記事の趣旨なんでしょうけどね、水素を発生させる手段が環境汚染を起こしたりコスト的に合わなかったりで、水素は自然再生エネルギーとは全く関係有りません。

要するに、高野氏は、何が何でも原発は駄目だと言いたいだけでしょう。だから、イメージとしてきれいな水素を引っ張り出しただけですね。というより、ご自身で全くなにも理解されていないのに、脱原発を主張すること自体無理だと思いますよ。原発についても理解されている節はないので。でもこのような主張が受けるんですよねぇ。水素はきれい、じゃあ、原発は止めろって信じ込んでしまう人たちには。

市民運動家の癌総理が自民よりきれいだと思いこんだ人たちって、いつも同じ思考しかしないんですねぇ。

① 『水素循環社会』とは炭素を燃やさない為には避けて通れない『理念』ではないでしょうか。
現状で工業化できるのは核エネルギーを熱源とするSIプロセスではないでしょうか。

②核エネルギーを熱源とすれば、セルロースを超臨界水分解し、醸造でエタノール等を得れます。

③大規模な太陽光集光設備でも原理的には可能と思うのですが、デザーテック発電プロジェクトに比す計画を聞きません。

④根岸英一先生はご自身の体験から、水を低温度で分解できる遷移金属触媒カップリング反応の可能性を感じておられるのだと思います。

⑤水ハイドライド・有機物ハイドライドは改質装置を必要としません。

⑥水素は爆発限界濃度が広く危険と思われがちですが、地下室等に溜まる危険性がなく、LNGやLPGより安全な一面もあります。
炭素繊維チューブで電線の様に空中を輸送しても、とても安全です。

⑦『水素循環社会』に対し、自然エネルギーと核エネルギーは対立する物ではなく、補完する技術と思います。

 高野提案の末端需要者での『太陽光発電⇒水の電気分解⇒圧縮貯蔵⇒膨張ガス化⇒燃料電池』とは、エネルギー収支を全く無視している。
---------------------
 これを大規模施設で行えば
①電気分解工程で中温度廃熱を利用できる可能性もある。
http://www.kyuki.co.jp/active/development.html

②圧縮工程の廃熱はスターリングエンジン回収や上記の熱電気分解工程の熱源に還元できる。

③圧縮液化工程を冷水で、膨張ガス化工程を温排水で行えば、ヒートポンプと同じ原理で投入したエネルギー以上の利用可能エネルギーを得られる。

④ガス化膨張エネルギーをマイクロタービン発電で回収できる。

⑤瞬発力のない燃料電池をNAS電池やリチウム二重層電解コンデンサー等でブーストできる。

⑥上記⑤に拠り送電系統安定化の特に逆潮現象の制御が容易になる。

--------------
『人工光合成』にどの様に言及するのか、楽しみにしている。


 前投稿の下記は間違えです。
⑤水ハイドライド・有機物ハイドライドは改質装置を必要としません。

①化石燃料に拠らず水素を得る事はとても難しい。
殆どの有機物は2000℃程度でCO2とH2Oに分解するが、水の分解には3500℃を要する。
福島の水素爆発も金属酸化に拠っており、『完全分解』ではない。
高温ガス化炉に拠るSIプロセスも直接の熱分解ではない。
-----------------
②水の人工光合成報告は植物光合成への驚嘆と現状への落胆が随所に見られる。
その落胆として下記URLはとてもわかりやすい。
http://d.hatena.ne.jp/smectic_g/20110103/1294064353
-----------------
③しかし『熱・電気カスケード分解』など、3500℃の峠をバイパスするトンネル工法は必ずあると思う。
http://www.kyuki.co.jp/active/development.html
-----------------
④水素の輸送・貯蔵を危険視する意見もある。
確かに身近に設置するから、確立論としては核エネルギーよりも危険かも知れない。
しかしその危険性は遥かに可視的であり、制御が難易と思われる。
例えば、メタンハイドライドではなく、水素ハイドライドが利用可能であれば、ガソリン・LPG・LNGなどよりずっと安全な筈である。


投稿者: とーくめい | 2011年7月 1日 06:18 の訂正


『⑤水ハイドライド・有機物ハイドライドは改質装置を必要としません。』

訂正
『⑤メタン-THF混合ハイドレートと水素ハイドレートは改質装置を必要としない。』

たかおじさん 殿

 私も核エネルギー肯定論者ではあるが、貴方の安全論には一つ欠けている点が有る様に感じる。

 それは、『予測可能で確率大の危険』と、『予測不可能で確率小の危険』の比較である。
生物の種の保存の為には『予測不可能で確率小の危険』は敢えて受け入れ、種を断絶させる可能性のある 『予測不可能で確率小の危険』を拒絶する本能を無視する事はできません。
現時点での科学的妥当性では『人間の猿と本能』を納得させられる訳がありません。
そして往々にその『本能』の方が正しいのです。
-------------------
十河信二総裁が自ら車輌のトイレを掃除させた様に『隅の隅まで自ら納得できるサービス』を実現すべきであり、原発が安全なら、現場の作業員を『人間ウェス』としか見ない本社社員の人間性を改めるべきです。


>とーくめい | 2011年7月 2日 13:01 殿

> 私も核エネルギー肯定論者ではあるが、貴方の安全論には一つ欠けている点が有る様に感じる。

> それは、『予測可能で確率大の危険』と、『予測不可能で確率小の危険』の比較である。

現実に差異はない。人為ミスは可能な限り努力で最小に出来ても、ゼロにはならない。つまり、最終的には、人為ミスは小惑星の衝突同様、避けられないミスである。むろん、双方の確率は大きく違うだろうが、危険性は小惑星の方が大きい。要するに、双方ともいかんともしがたいリスクであり、確率が低ければ予想も対策も不可能と言うこと。

>原発が安全なら、現場の作業員を『人間ウェス』としか見ない本社社員の人間性を改めるべきです。

それは当然。人間ウェスには、マニュアルの厳守など望むべくもなく、マニュアルを守っていて事故が起きたなら、マニュアルを作った人間の責任と言うこと。

閑話休題。

水素エネルギーと一次エネルギー源の選択は無関係であると主張しているのであり、2次エネルギーの選択はここの主題ではないので、コメントはしません。とはいえ、水素循環社会のメリットはデメリットよりも著しく小さく、また、一例として、ナノチューブによる水素の輸送など、多数の実現の目処の立たない理論的上の技術を前提をして話をしても意味があるとも思えません。



近年は グローバル化が根付いてきました。
水素は 日常的な運用面では “水素自体の危険性”から みて、
ガソリン&ガスと比べて 頂けませんね。

 自然再生エネルギーの代表格とされる “太陽光発電&風力エネルギー発電”。
自然任せの“不安定さ” 本質的に ものにならないでしょう。。。。。

 風力発電は 「 お隣にあれば 」、騒音&可聴閾値以下での被害は 原発以上です。

“太陽光発電&風力エネルギー発電”の 不安定さ がネックであるのなら、
蓄電が 現実的でないのなら・・・・・
安定供給を可能にする 技術を開発することが 大前提でしょう。
このことなしには  “太陽光発電&風力エネルギー発電”は、

橋本大阪府知事が提言するように 真夏の電力ひっ迫時における補助的なものでしかありませんネ。。。


[蓄電]の代替として。
電気エネルギーの“水素変換保存”
“位置エネルギー”保存
    [位置エネルギーを 水の浮力によってリセットする発案もあります。]

 グローバル化とは 決して“国際的基準”だけではありません。 より幅広い英知を展開させることでしょうか。



投稿者: たかおじさん | 2011年7月 3日 16:44 殿

①確率論で『尤もらしさ』は重要です。
浜岡原発を停止させるに到ったBPT分布は確かサンプル数6で経時加重が14倍だったと思います。
(エクセルで計算した結果がPCのどこかに有るのですが。)
この様に『尤もらしさ』の極め低い確率計算にも配慮しなければならない原発と、交通事故統計などを、完全な正規分布とを最終的損害比のみで比較するのは数学的ではありません。
 生物学的に表現するなら『種の保存』にとって、多発する局所的損傷は修復可能ですが、稀にしか起こらない大災害は種の断絶を意味します。

②水素が化石燃料に使い勝手で勝る有る訳がありません。
炭素を燃やして良いとするなら議論の余地はありません。
ですので、化石燃料起源の『水素循環』など無意味です。

③私の少ない経験でも水素は使い易いガスです。
化学合成の実験室には水素と酸素と窒素はだいたいパイピングされています。
アセチレン・エチレン・一酸化炭素などの可燃ガスや塩素・臭素などに比べれば極めて安全です。
数気圧の水素を(名前は忘れましたが)10φ程のビニールパイプとワンタッチ継ぎ手で無造作に配管し使っていました。
 地域社会でこの様な使い方をすると仮定すると、地域ステーションから10気圧程度で送り、アキュムレータに貯蔵し、減圧して使う事になるでしょう。
地域ステーションでは繊維コーティングタンクと防爆壁を使えば、プロパンガスよりずっと安全な筈です。

 核エネルギーに拠らない水素製造が(私は拠っても良いのではと思っていますが)夢物語だとするのなら、議論の余地はありません。

あの震災でも事故を起こさず新幹線を止めた。その日本の技術をもってすれば、新しいエネルギーにシフトしても問題ないし、化石燃料の採掘事故や環境汚染も、今後は劇的に減る、と考えてもいいそうです。

 福島の事故は些細な対策が有ったなら現状には到っていない。
①発電機が地下ではなく、数百メートル先の高台に有ったなら
②原子炉建屋が水素が上方に飛散してしまう、通常の建屋の様になる排気口があったなら
--------------------
 これを新幹線に喩えるなら、東京駅での折り返し運転の為の清掃作業が遅れ、ダイヤが狂って衝突事故に到った様なものだ。
つまり、些細な作業まで、納得の行くレベルを維持しなければ、大事故の原因になる。
----------------------
 熟練作業員が被爆せずに作業のできる方法の開発成果が全くみられない。
作業員の使い捨て自体が非文明的であるが、原発が使い捨て作業員に拠らなければ維持できなのであれば、如何なるマニュアルも安全性のレベルを保障するものではない。

 再生可能エネルギー論のレベルの低さを指摘し続けてきたが、
先日、反脱原発論のブログの一寸した誤解があったので指摘した。
やっと気づいたのだが『反脱原発論』の『政治がらみの技術論』のいい加減さは空いた口が塞がらなかった。
省みると、私も原発本体に付いては殆ど知識がない。
原発の必要性を主張するなら、
①原発の世代毎の取り扱い
(劣化ウランやプルトニウムの利用を含めて)
②ISプロセスの位置付け
③危険な物としての原発への対処方法
④そして何より、代替案への十分な理解が必要だろう。

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)

※[投稿]ボタンをクリックしてから投稿が完了するまで数十秒かかる場合がございますので、2度押しせずに画面が切り替わるまでお待ちください。

Profile

日々起こる出来事に専門家や有識者がコメントを発信!新しいWebニュースの提案です。

BookMarks




『知らなきゃヤバイ!民主党─新経済戦略の光と影』
2009年11月、日刊工業新聞社

→ブック・こもんず←




当サイトに掲載されている写真・文章・画像の無断使用及び転載を禁じます。
Copyright (C) 2008 THE JOURNAL All Rights Reserved.