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東日本大震災 現場からの報告:遅きに失している石巻の医療

 以下は、千葉県鴨川市の亀田総合病院から被災地への医療支援を行っている小野沢医師から、4月10日付で届いたメールです。本人の許可を得て、転載します。

★   ★   ★

 亀田総合病院 小野沢です。

 先月29日から石巻に入っています。

 4月6日、遊楽館という避難所で当直をしていました。ある男性が、苦しそうだと言われ、診察をしました。すでに呼吸停止、共同偏視があり、何か大きなイベントが起きたことは明らかでした。救急車の到着は30分後、彼は泣き崩れる妻の脇で口から血を流しながら息を引き取りました。

 湊中学という避難所に行きました。リウマチの女性が手首を腫らし、痛みに耐えていました。受診の手続きを取りましたが、彼女はその避難所から沖縄への移住を希望しました。沖縄は県をあげて受け入れをしていると、あるMLで知ったからです。沖縄の担当者に連絡をすると、『罹災証明申請書のコピーが必要です』『沖縄の受け入れは、災害救助法ではなく県の予算なので、5人まとまったらはじめて飛行機に乗れます。飛行場までは自分できていただく必要があります。そこでチケットをお渡しします。』『申込書はインターネット上から、書式をダウンロードしていただき、印刷して書きこんでください』と、担当官に告げられました。非常に困難な条件で、少なくともパソコンをプリンターを持った援助者と、飛行場までの足、り災証明書の申請を行うために市役所に行くという手順をその足が腫れた女性が手配しなければ不可能なのです。責任者の方とお話ししましたが、埒があきませんでした。

 湊中学は、瓦礫の中にあります。入り口にはニチイのデイサービスセンターの車が3台、見も無残な形で横付けになり、津波に洗われたホコリとヘドロがそのままになっています。そこでは避難途中の方がかなりの数亡くなられたとのことです。近辺には人影はまばらで、地震から1ヶ月ほどたった現在でも、車が家に突き刺さり、魚の腐った匂いが立ち込めています。湊中学避難所には電気も、水道も、下水もありません。便はダンボール製の看護師手作りの便器にして捨てています。1ヶ月経とうと言うのに。

 果たして、これを市の職員が中心になって解決できるのでしょうか。彼らも罹災しているのです。明らかに疲弊しきっています。市民から多くの非難を毎日浴びながらの仕事です。あまりにも広範です。あまりにも人数が多すぎます。未だに、自宅避難者の詳細も分かっていません。

 明日、市内の3地区の在宅避難者の調査をします。ボランティアを東京、千葉、宮城などから60名集め、市の保健師さんに情報をもらいながらの仕事です。しかし、市内のごく一部なのです。このデータが市全体の被災者の推計に使用でき、少しの被災者のためになり、そして一番には今後の計画の助けになればと考えての行動です。

 ふと、これは私の仕事だろうかと思うことがあります。

 国会議員の皆さん。是非、立ち上がってください。やっている、と思われるのであれば、そのやり方がどこか間違っているのです。上手くいっていません。非常事態宣言を地区を限定して発するのもひとつの方法でしょう。

 とにかく、物事が遅きに失しています。

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被災地・宮城県石巻市の医療についての記事を読みました。 「東日本大震災 現場からの報告:遅きに失している石巻の医療」 http://www.the-jou... [詳しくはこちら]

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ご理解・ご協力のほどよろしくお願いいたします。

政治家も官僚も私も含めて被災地の状況を理解していない。今すぐしなければならないのは官邸機能を役人も含め被災地に設置することだ。何電気や食料・寝るところがないからだめだ?今被災地の方々はそれを1ヶ月も味わっているのだ。もし官邸機能が被災地に設置されるのであればたぶん1週間で状況は変わるのではないかと確信する。

「国会議員の皆さん、是非立ち上がってください。やっているといっても、そのやり方のどこかが間違っているのです。」

至極尤ものお話であり、行政府の被災地救援の体制作りの根本が出来ていません。災害復興大臣を決めて強力に復興救済を進めなければならないのに、復興構想会議を発足させました。必要な会議であることはもちろんであるが、順序が逆転しています。

被災後すぐ必要とされた事は、
①安定した住まいの確保であり、②安定した食事の供給であり、
③安心の医療確保です。

先ず最初になすべき被害者救済の基本的事項であるのに、行政府のバックアップ体制が整備されておらず、地域ごとに自らが立ち上がり解決しなけれならなかったご事情を見聞するにつれ、この行政府の無慈悲な形式主義に怒りを覚えます。

一部に菅政権を代えたらよくなるのかといった、ころころ代えるのは良くないの二番煎じ的な意見が出ていますが、政府は、国民から信用を失ったら、その政策は何も信用されなくなります。

信用を失っているのは、本件でも明らかなように、救済が遅いし、計画的に被害者対策が進んでいないことです。また原発事故に見られるとおり、被害が大きいのに「直ちには被害はない」などとごまかし、最近本当のことを話し出すと、極端に数十年は住めないなどと脅かし始めています。

政府が国民の不安を煽ってどうするというのでしょうか。まったく幼稚な政権であって、国民の不安は増加する一方であり、今となっては、菅政権の良い悪いの問題でなく、人心を一新して出直すべきではないか。

 4月5日の富塚孝先生の病院船記事でも投稿しましたが、一つのアイディアじゃないかと思うので、再投稿します。

「石巻日赤病院自体は機能しているようなので、上記衛生環境の破壊は、むしろ、避難民の話。公衆衛生上の問題で、病院機能のある病院船もあればいいでしょうが、さらに、衛性的な日常生活を提供できる「客船」や「フェリー」でも、接岸させれば、かなり助かるんじゃないか。それだったら、日本にもたくさんあるでしょう。
 ストレスが慢性化することで、免疫力も落ちてくる頃である。感染症の拡大を予防するためにも、いいんじゃなかろうか。」

 仮設住宅を建設しようにも、公用地でいい場所がないと、私有地で探さざるを得ず、その時に、登記簿など役所機能がない中で、土地所有者をさがしだして、100人程度と個別交渉をしないといけないという、市役所の人の苦悩を、NHKでやっていた。加えて、小野沢先生の話だと、これだけの惨状なのに、近くに、すでに営業している温泉旅館やビジネスホテルがあるという。
 仮設住宅建設についての、土地収容をより効率的に可能とするような法律の制定や、被災地域の宿泊施設を利用できるようにするなど、手をつけられるところもあると思われる。「非常事態宣言」発令のもとで、もう少し機動的に動けないものか。なんらかの保障をつけて、個人の所有権、財産権の部分的な侵害にあたるようなことを、被災者救助の目的ですすめるということだが、そうでもしないと、平時のお役所仕事でやっていては、一向にすすまない壁にぶちあたるのではないか。

役人は権限の壁を越えては行動できないようになっている。
(前線ではなく)後方の政治が、「緊急事態における超法規的措置」を発動しなくてはならないのだが。残念な司令塔は、「逃げるな」「何とかしろ」と声を荒げたり、今そこにある苦悩から目をそらし、明るい未来を夢見るしか能がない。

前線は後方の支援をあてにせず、自分たちの人脈を活かしたり、メディアをうまく利用したりして、したたかにミッション達成を目指した方がいいのではないか。

NHKを含んだテレビニュースでは宮城県知事、福島県知事に比して、岩手県の達増氏は殆ど見たことが無い。

意識的に取材しない?のかと思うくらいだが、小沢派ゆえの邪推か、、。

大震災復興構想会議議長の五百旗とかいうオッサンも最初の構想は震災復興税の導入だそうで。

どうかしてるよな。
当然菅の肝入りだろう。

何だら会議、本部が五百旗くらいにしようといシャレとしか思えん。

湊中学の近くの湊小学校、石巻赤十字看護専門学校周辺の民家にも何度かお邪魔しました。沿岸部そのものが50cm~1m近く地盤が沈下しており、この地区も2階まで浸水したと聞きます。家屋内はそれこそ汚泥がたまり、その惨状は目を覆うばかりです。さらに、日本製紙のダイオキシン問題も当地の方の間では囁かれています。4月上旬は大潮でもあり、海水が下水道と伝わり、いつまでも海水が引かない状態でもありました。石巻は、旧北上川と淀川に挟まれ、日和山地区の台地と駅の北側から東側が小山に面しています。それだけに、女川と異なり、被害の甚大な市立病院周辺の門脇地区それこそ基礎しかなく、火災の被害も遭った無残な場所もあれば、そうした瓦礫により、1階部がめちゃくちゃに壊され、何故こんなところにこんな物がと思う地区もあれば、全く無傷に近い地区もある。こうした背景も石巻の復興の遅れに影響していると思えます。この地区に来たときはそれこそ車一台通れる位しか除去されておらず、車の駐車する場所を探すにも困難な状況であった。まして、近隣の親族の方が被災のひどい地区に救援物資を運ぶためであろう。朝には市街地に入る車、夕方には市街地から出る車で渋滞状況である。この状態は日に日に悪化していく。まして、信号機は回復しておらず、警官が交差点の交通整理を行なうまでも相当数の日数があった。私の記憶では、4月の5日あたりであったと思う。
緊急車両が、身動きできないでいる現場を何度も目撃している。譲りたくてもできない状況が其処にあった。
滞在中、早朝に緊急車両のサイレンが鳴らない日もなかった。
398号線は、私が帰る段階では、ある程度車線が確保できる状態であったが、冠水は当分満潮時に影響を与えると思えるのです。
福島でありませんが、この地区は出入り口を封鎖し、住民の方々には、別の場所に一次退避の手段もありえると思えるのです。
少し残酷な言い方ですが、女川のように何も無い方が復興に際しても速く進むと思われます。
石巻は、災害内容がその地区によって異なり、そのことが今後の復興の足枷にならなければと懸念しています。

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