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2012年9月28日

オバマ大統領閣下 二重基準ですよ

9月21日付けの沖縄タイムスに掲載された『ワジワジ通信』の記事を、沖縄タイムス社のご好意により転載します。オスプレイの配備や大間原発の工事再開など、「火事場泥棒」的ななし崩しの施策に、この国の落日=衰退を見る思いがします。(以下、『ワジワジ通信』からの記事)
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↑民主党大会で大統領候補に指名され演説するオバマ大統領=米ノースカロライナ州、6日

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2011年12月 8日

県内移設「犯す」と認識 ── 酒席で露呈した国の本音 《金平茂紀のワジワジ通信11》

以下の記事は、沖縄タイムスでの連載「金平茂紀のワジワジ通信」からの転載です(12月7日付朝刊)。沖縄タイムス社のご厚意によって転載することの了承を得ました。ありがとうございます。

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↑ 琉球新報の第一報 11月29日付 筆者撮影

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2011年10月30日

<忘却>ということ

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2011年4月、筆者撮影

 今年も残すところ2か月だ。2011年という年は、後世の日本の人々にとって、突出した<切断>の年として記憶され記録されるだろう。言うまでもなく、3月11日に起きた東日本大震災と、それにともなう福島第一原発事故によるあまりにも甚大な被害と、社会的、政治的、経済的影響の計り知れなさの一端を知っているからだ。僕らは確かにその思いを共有していたはずだ。こんな理不尽な悲劇があっていいものか、と。大津波による壊滅的な被害で、かけがえのない人を失った人々の悲しみを共有していたはずだ。天災か人災かを問えず、自分が生まれ育った地域から無理やり引き裂かれ、生業としていた農業を、牧畜業を、林業を、漁業を断念せざるを得なかった人々の怒りと悲しみを共有していたはずだ。

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2011年8月27日

3/11以降の学者の良心 ── 山本義隆の『福島の原発事故をめぐって』

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 僕らは危機に瀕すると本を読みたくなる。先人たちの知恵、同時代人との共鳴、後世の人々へ残しておくべきもの。時空の広がりのなかでそのような切実な<何か>を想像力が悲鳴を上げるように求めたくなるのだろうか。3/11以降、僕らが接した情報量は実に膨大だが、そのなかで、何が本当に必要で、何が不要なのかが徐々にわかってきたように思う。トンデモ本から本質的な思索を求める書物に至るまで、僕らは自分自身の力で必要な書物を探していこう。だが、ガイドくらいはあってもいい。そのようなガイド集のミニガイドにでもなればと思って記してみる。

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2011年8月22日

北海道出身者として恥ずかしい

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↑秀作;STV「北海道原発議会の三日間」より

 高橋はるみ北海道知事が泊原発3号機の運転再開にゴーサインを出し、もうすでに同原発は稼働している。北海道出身者として、福島第一原発事故後に最初に定期点検から原発の運転を再開させたのが北海道民だなんて、何と不名誉なことか! 北海道出身者として恥ずかしい。福島の事故後に、定期点検中だった原発のうち再稼働第一号となるだろうとみなされていた九州電力玄海2,3号機が、玄海町長、そして佐賀県知事らの再稼働に向けての強引な舵とりを見せるなかで、「やらせメール」事件が発覚し、再稼働が頓挫したあと、その"栄誉"のお鉢が北海道民に回ってきたというわけだ。佐賀県の行政の対応ぶりもおぞましいけれど、北海道の対応も決して劣らずに「はじめに結論ありき」の様相を呈しているようにみえた。道議会でのおざなり審議などを少なくとも道外から見る限りでは。

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2011年8月 1日

ホアンイン ゼンイン アホ

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↑ 原子力安全保安院のホームページより

 何をいまさら、という声も聞こえてくるけれど、原子力安全保安院が、電力会社に対して、原子力事業に絡んだ地元説明会やシンポジウムなどで、「やらせ」「仕込み」を督促していた事実が次々に明るみになりつつある。原子力施設を安全性の観点から規制・チェックするはずの機関のやることかよ、と建前では言いたくなるが、原子力ムラのなかではいわば周知の事実。今回の場合、電力会社側からの「自分たちだけ悪役扱いされるのはごめんだ。保安院さんよ、アンタにだけは言われたくない」という意趣返しの要素も強いのではないか。病巣はもっと、もっと深いのだ。ちなみに、保安院のホームページにはわざわざ、同院の行動規範のひとつとして「『中立性・公正性』を大前提として安全・保安行政を遂行します」と高らかに謳っているのだから、ブラックジョークにもならない。同ホームページは誰でも見ることができるのでチェックしてみるとよい。

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2011年7月 8日

節電の夏は本を読んでしのぐのだ。

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 うんざりする。何もかにも。

 「3/11」は、私たち日本人にとって「9/11」どころではない「切断点」=世界が変わった日、だと思っていた。この巨大な悲劇の、重さが、汲み取るべき教えが、意味が、人間の営みへの謙虚な自省が、社会が、経済が、文化が、地域が、土着が、歴史が、矜持が、戦後が、何もかも恐ろしい勢いで「空無化」されていく。<戦後>から<災後>へと時代が変わったのではなかったのか。この期に及んで、何という情況だ。

 誠実であろう。身近な大切なひとと話をしよう。時間をもっと大事にしよう。そして、本を読もう。さいわい「3/11」以降、よい本にめぐりあえた。

 在米の日本人が書いた<戦後>に関する2冊。青木富貴子さんの『昭和天皇とワシントンを結んだ男』(新潮社)は、元「ニューズウィーク」東京支局長、コンプトン・パケナムの日記を入手した筆者の執念の戦後史の裏面を追った調査報道の素晴らしい成果だ。パケナムを軸に、ハリー・カーン、昭和天皇の側近・松平康昌、鳩山一郎、岸信介らの織りなす点と線を丹念に追う情熱に舌を巻く思いだ。

 この本とは対照的な文体で書かれた室謙二の『天皇とマッカーサーのどちらが偉い?』(岩波書店)も、実に面白いエピソードにあふれた戦後史本だ。べ平連というユルい市民組織に所属していた室さんが、自分史を追うことで戦後の一側面が浮かび上がってくる。室さんはその後、アメリカ人になった。In-betweenの視点というものが、ものごとを考えるときにどれだけ自由を与えてくれるか。そのことをこの本は証明してくれている。Rigidではなく、歴史を語ること。この本にも大いに魅了された。

 「3/11」を共有した私たちが「この神話的な破壊を叙述することばをさっぱりもちあわせていない」と喝破したのは作家の辺見庸だった。その「3/11」に向き合った、あるいはあらかじめ向き合っていた本にも出会った。とりあえずの3冊。

 『津波と原発』(講談社)は何ともベタなタイトルだが、ノンフィクション作家・佐野眞一の「3/11」に対峙する思いは、突き抜けている。その通りだ、現場にも行かずに何がジャーナリストだ。「今回の大災害を論評する連中の言葉には、被災者たちの沈黙に匹敵するだけの重みも深みもなかった」(本書より)。この怒りを原点に現場に突き進み等身大の言葉を紡ぎだす佐野の姿勢に、ひとまず、負けてたまるか、とも思う。対照的に、辺見庸の『水の透視画法』(共同通信社)は、故郷・石巻の壊滅的被災の状況を、遠く離れた場所から、体の不自由さを抱えながら、時事刻々と知り、ただただ慟哭するしかなかった筆者の、あらかじめの向き合いと、その後の向き合いの書である。「その前後」で、かくも一貫した人間がいることを示した書物があるだろうか。福島市在住の高校国語教師、和合亮一の『詩の黙礼』(新潮社)は、圧倒的な破壊の現実に対して、ただただ「黙礼」するしかない人間の言葉が連なる。「黙礼。 祈るしかない。 見えない津波」(本書より)。これは詩だろうか。いや、詩なのだ。

 上記の本を読み連ねる間に、僕はカズオ・イシグロの『私を離さないで』(ハヤカワepi文庫)を読んでいた。僕にとって「3/11」後の現実に、ひょっとして最も釣り合っていたと感じたのは、この本だったのかもしれない。

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2011年5月 9日

一体どこの国の外務省なのか?

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 東日本大震災や福島原発事故、ビンラディン殺害など超弩級のニュースが続く中で、いささか埋没してしまった印象もあるが、朝日新聞のウィキリークスからの日本関係公電の入手及び分析を経た報道はきわめて衝撃的な内容を含むものだ。なかでも沖縄普天間基地移転と連動して進められていた在沖米海兵隊のグアム移転計画に関する公電の報道は、読む者に「日本という国は果たして独立国なのか? この国の外務省はどの国の利益のために働いているのか?」という根本的な疑問を突き付けるものだ。朝日新聞が入手した日本関係の公電数は6963本。約3か月の分析裏付け作業を経ての報道(5月4日付け朝刊)だ。既存メディアの「底力」を素直に評価するしかない。僕も既存メディアで働く者の端くれとして、去年の12月6日に、この『茫界偏視』において、ウィキリークスが外交公電を暴露し始めた時に次のように記した。

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2011年5月 3日

ひとを殺して歓喜する国民にはなりたくない

 ビンラディン殺害の第一報を聞いたのは、津波で壊滅した岩手県陸前高田市の取材中で、県立高田高校校舎に向かう車中でのことだった。強い風が吹き荒れていた。津波に抗して景勝地に一本だけ生き残った松原の松の木もようやく立っているという感じだった。オバマ大統領がまもなく演説を行うという知らせだった。米軍特殊部隊がパキスタンでビンラディンを殺害した。生きて捕捉するオプションは元々なかったという。つまり、「見つけ次第、殺せ」とオバマ大統領は命じたのだ。

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2011年4月29日

不作為の責任・加担の責任

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 大震災の発生から50日が過ぎた。書くべきことは山ほどあるが、いま日本を覆い始めているように思える「不自由な空気」について、ここで書き留めておきたい。それは「ひとつになろう」や「がんばろう!日本」との圧倒的な掛け声のもとで、過剰な自粛を求めたり、みんなが大変なのだから、ここでは批判は控えて、などという、いわば自由な表現や言論を押しとどめようという動きのことである。そのかげで、本来追及されるべき責任が免責されたり不問に付されたりする。原発事故をめぐる言説にそれは極端な形で表れている。

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Profile

金平茂紀(かねひら・しげのり)

-----<経歴>-----

1953年北海道旭川市生まれ。1977年に在京の民間放送局に入社、以降、一貫して報道局で、報道記者、ディレクター、プロデューサーをつとめる。「ニュースコープ」副編集長歴任後、1991年から1994年まで在モスクワ特派員。ソ連の崩壊を取材。帰国後、同局で筑紫哲也氏がアンカーマンをつとめるニュース番組のデスクを8年間つとめる。2002年5月より在ワシントン特派員となり2005年6月帰国。報道局長を歴任後、2008年7月よりアメリカ総局長としてニューヨーク勤務。コロンビア大学東アジア研究所の客員研究員。2010年9月に帰国。10月より同局「報道特集」キャスター兼TBSテレビ執行役員。

BookMarks

-----<著書>-----

ブログが本になりました!
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『NY発 それでもオバマは歴史を変える』
2010年11月、かもがわ出版


『報道再生 グーグルとメディア崩壊』
2010年12月、角川書店


『報道局長業務外日誌』
2009年6月、青林工藝舎


『米原万里を語る』
2009年5月、かもがわ出版、共著


『テレビニュースは終わらない』
2007年7月、集英社

人気のWeb日誌、出版!
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『ホワイトハウスから徒歩5分』
2007年6月、リトル・モア


慶應義塾大学出版会、部分執筆


『ジャーナリズムの条件4』
2005年5月、岩波書店、部分執筆


『従軍のポリティクス』
2004年7月、青弓社、部分執筆


『二十三時的』
2002年11月、スイッチパブリッシング

『電視的』
1997年12月、太田出版

『ロシアより愛をこめて』
1995年3月、筑摩書房

『世紀末モスクワを行く』
1994年12月、パルコ出版

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